日本の植民地時代に済州島から大阪に渡った、在日コリアン女性の語り。ご家族が一年かけたきき取りを、写真アルバムと家系図、年譜とともに一冊にまとめた。

家族へのギフト

夫を早くに亡くし、ミシンひとつで5人のこどもを育ててきた栄子さん。いまでは孫が11人、ひ孫が2人の大家族のハルモニ(おばあちゃん)だ。その語りをご家族が自費出版したがっているという依頼が来たのは、大阪にいる長谷寛さんからだった。長谷さんにはこれまでに二度、転機になるような仕事に声をかけてもらったことがあり、二つ返事で引き受けた。

人生最初の記憶は、クンデファン(君が代丸)から縄梯子ではしけに飛び降りたこと。クンデファンは、1922年に開設された済州島と大阪を結ぶ貨客船で、仕事を求めて多くの済州島出身者が乗り込み、大阪は戦前の時点で世界有数の朝鮮人人口を擁する都市になった。そのひとりが栄子さんである。

済州島四・三事件、年金問題、在日朝鮮人の帰還事業などが子育てや仕事の話の傍らに出てくるのだけれど、これまで映画やドラマ、小説や詩でしか知らなかった出来事に、栄子さんという一人の生を通じて触れられたことは得難い経験だった。何気なく語られる言葉の背景を調べるたびに「日本人」としての足場が揺らぎ、自分の無知を恥じた。そんななかまだ幼いこどもたちの喧嘩や、還暦を過ぎてから通った夜間中学での思い出がこころに残る。いきいきと語られる大阪弁の声からは、勇敢でおおらかな栄子さんのエネルギーが伝わってくる。

装丁は、韓国オタク仲間の内田さんにお願いした。「人生」を扱う書籍として、簡易印刷でもカジュアルな印象になりすぎないように、箱と書名を箔押しにしたシールで少し重厚感を出し、中身は手紙のようなつくりになるフランス装でしなやかに。栄子さんのチマチョゴリをヒントに、水色と紫、ピンクで色の層をつくった。表紙のイラストレーションは、話に登場する思い出のモノを拾い集めるように、文庫本の表紙を模して一つひとつ内田さんが描いてくれた。

親族用に限定50部。完成した本は、お孫さんの結婚式で配られ、済州島の親戚にも届けられたそうだ。ひ孫さんの次の代まで手渡されていくといいなと思う。

『おばあちゃんの話をきく 宋 栄子 1935年大阪生まれ』

著者

藤原詔子

編集

川村庸子

校正

冠野 文

装丁

内田あみか

印刷

株式会社イニュニック

発行日

2021年4月30日

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